雑誌の特集などで、しばしば「富裕層は美術品投資を嗜むものだ」などと言われる。しかし、それはそう簡単ではない、というのを私の失敗例をもとに解説したいと思う。
私がヘッジファンドに運用者兼リサーチャーとして勤務しており、高額ボーナスを稼いでいた頃(リーマンショックの前)、この状態がいつまでも続くと思い、財布の紐も緩んでいた。
仕事でつきあいがあったドイツ銀行やUBSなどの欧州の投資銀行が美術品投資に励んでいたことにも影響されたと思う(ファンドマネージャー仲間にも美術品投資が好きな運用者がいた)。
当時住んでいた六本木のマンションに飾るために、銀座の複数の著名な画廊を訪れて小さな絵を複数購入したほか(それぞれせいぜい30万円以内程度だったと記憶している)、100号の大きな絵(これについては300万円+消費税)も購入してリビングルームに飾った。作者は、いずれも大御所ではないが、美術雑誌などに取り上げられ、画廊も積極的にプロモートしていた若手の画家で、私は好きな絵を購入したのだが、値上がり益を期待したというのも正直な気持ちであった。
その後、私の勤務先の変更や子供の成長を機に引っ越したのだが、東日本大震災の後で、100号の絵を自宅マンションに飾ることが負担になってきた。倒壊して子供が大けがをしたら大変だと思ったのだ。
そこで、購入した画廊に相談したところ、預かって寺田倉庫で保管してくれる、と言うので、感謝しつつ、お願いすることにした。その後、売却を考えている旨を画廊のオーナーに相談したのだが、今はタイミングが良くないから、急いでいないならもう少し待ったらどうかと言われてそのままにし、既に10年近く経った。
終活を考えるにはまだ少し早いが、預けたまま手元で見ないのであればやはり売るか、とも思い、いくつかの業者にあたってみて驚いた。損してもいいから100万円くらいで手放そうか、それとも話のネタにオークションに出してみるか、などと考えていたのだが、なんと20万円とか5万円の値段でオファーされたのだ。リーマンショック前には、画廊での売値が200万円台の絵が、香港のオークションで400万円以上で取引されていたこともあったが、最近では販売価格を大幅に割るプライスでもオークションで値がつかないらしい。その画家の人気が低迷している、ということだ。画家本人にとってもつらい時期だろう。これでは売っても仕方がないし、下手にオークションに出すと、購入した画廊にも迷惑をかけることになると思い、しばらく放置しておくことにした。仕方ない。。。
業者いわく、「値がつかない画家の作品は積極的に購入できない。」「100号など大型の絵というのはそもそも購入する人が限られる。」とのことで、それはまあそうなんだろう。
銀座の有名画廊のオーナーと話をしたときに、ゾゾタウン創業者の前澤氏がバスキアの絵を100億円で買った、という話になり、オーナーが「彼のような成功者は、本来は、日本の若手画家を支援すべきだが、そういう人がいないんですよ。」と嘆いていた。
しかし、私が経験上分かったこととしては、売りたいときに現金化できるのは、草間弥生とか村上隆とか、マーケットが確立している画家の作品であり、一時は美術雑誌などで注目されても、消えていく若手画家も少なくないということだ。だから、投資として買うならば、マーケットが既にある程度は確立している画家の作品を買うのが手堅いのだろう。
私が購入した小さい絵は、今もリビングルームや子供の部屋などに飾られている。これらの絵も売りたいときに実際に売ることは出来ないかもしれないが、日々鑑賞して楽しむことは出来る。
日本には海外の一部の国にあるような美術品についての優遇税制などもない。購入するならば、負担なく鑑賞できるような小型の作品にして、もしも将来有名になったらラッキー、くらいの気持ちでいる、というスタンスが正しいのだろう。結論としては、美術品というのは、(よほどの目利きでなければ)まともな投資商品の範疇には入らない、ということだ。
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